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平和に関して言うと 日本人がどれだけ自分たちの使命に気づいていないかを指摘できます。 前回の記事でも書きましたが http://soleguraide.at.webry.info/200711/article_3.html 平和とは積極的に争うことによって成立するものです。 じゃあなぜ戦争はなくならないのか? という地点に誰でも到達するとは思いますが それに対する解は 戦争をなくすために行うことは 争いをやめさせることではなく 争いを平和的に行うための手段(場と象徴)を構築することなのです。 場は今までも何度も設けられましたが、象徴は誰も創作できていません。 なんの下に集うのか?それが重要なのです。 そして、世界広しと言えども あるいは歴史深しと言えども それを過去に行ったことがあるのは日本だけなのです。 私たちがなぜ人類皆兄弟という感覚を持てているのか? わからない人は自分の感覚と外国人の感覚を深部まで 徹底的に議論し、観察し、分析してみると良い。 その最奥の中央に国常立というエネルギー神が存在していることに 気づくだろうと思う。 過去、日本列島には様々な民族、宗教が渡来し 現代社会と同じように互いに争い、殺しあっていました。 しかし、私たちは国常立という思想的象徴を生み出し 大和という融和政体を最終的に生み出したのです。 イスラエルとアラブ諸国との対立において 私たち日本人はどちらか一方を支援する思想を持っているのでしょうか? ブッシュが支持した自由拡大理論をまともに信じる日本人がいるのでしょうか? この問いに対して、近代合理精神は一体 如何なる解を持っているのでしょうか? 私たち日本人が取るべき道は 国常立という象徴を戴き 平和的に争う場を彼らに提供することなのです。 日本人はずっと国連を国常立だと誤認してきました。 でも国常立を知っているのは日本人だけなのです。 このミスマッチは様々な障害を生み出しました。 なぜ国連決議に反してアメリカがイラク侵攻を行ったのか 日本人には到底理解できません。 そしてそれが罰せられなかったことも。 なぜなら、国常立は絶対であるからです。 なぜなら、それは私たち自身でもあるからです。 この国常立が天皇と直結することは言うまでもありませんが 天皇を権力化することほど愚劣なことはありません。 天皇とは私たち自身の映し鏡であって 私たち自身の集合体なのです。 だから”おおきみ”と呼んでいたのです。 そして鏡が古代日本において神器となったのです。 平和は争わないことによって成り立つのではなく 平和的に争うことを見守る象徴があってこそ成り立つものなのです。 その方法を知っているのも日本人だけなのです。 だから、世界の平和を壊しているのは私たち日本人なのです。 日本人の歴史に対する無自覚そして平和に対する誤ったアプローチが 世界を平和から遠ざけているのです。 |
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