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以前↓にも書きましたが http://soleguraide.at.webry.info/200710/article_1.html 現代日本社会の体制擁護派は 戦前をファシズム社会だと考えていますが むしろファシズムとは現代のような社会を指します。 (戦前はたくさんのドグマが乱立していましたから) ひとつの主義が他の主義を認めなくなってしまうような社会 あるいは、潜在的に抑圧しているような社会 それをファシズム社会と言います。 私たちは国家神道だ、国家神道だと 神道を悪者扱いにし、虐げることによって 戦後社会の正当性を保持してきましたが むしろ神道をファシズム化させた勢力と同じような勢力が 資本主義をファシズム化させていることに早く気づかなければならない。 ですから、抑えていくのは 神道でも資本主義でもなくファシズム化なのです。 これは、プロテスタントがカトリックを 攻撃することによって自らがファシズム化していったことと 同じ構造を持っている。これは下記にも書いています。 http://www.loving-earth.com/resonatop.htm このことを世界中の人間が早く認識すべきなのです。 かの有名なマックスウェーバーが 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の「精神」』を著したのは1904年。 それから100年足らずで プロテスタンティズムはファシズム化したのです。 アメリカの社会を見れば、それがいかに深刻なものであるかが わかるだろうと思う。 これを考えればむしろ冷戦とは プロテスタンティズムを正常に作動させる舞台であったのかもしれない。 あるいは、ベルリンの壁とは プロテスタンティズムの最後の壁であったのかもしれない。 それらが崩壊し、資本主義に対抗するドグマが失われ 世界は急速にファシズム化していきました。 自由主義の名の下に 湾岸戦争、アフガン戦争、そしてイラク侵攻。 今や、そのファシズム精神は フランクガリアにまで到達しようとしています。 (フランスの歴史に泥を塗るようなサルコジのアメリカ共和党へのラブコールは もはや狂気の沙汰としか言いようがない) ラ・マルセイエーズ! やつは、もはや”kamikaze”特攻の標的である。 虫唾が走る。 フランス人がいなくなったら私たち日本人は一体誰と 自由という概念を共有できるだろうか? 日本人以外に一体、誰がガリアを理解できるというのか? 自由とは何か? それはファシズムを見破る眼でもあります。 この日本列島の自然に多様性が存在しているように 社会のあらゆる部分において これらの多様性は決して失われてはいけないのです。 自由とは私たち日本人にとっては 八百万の神々の存在そのものでもあるのです。 |
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